清談をしたくおもいます
物価 税金のはなし おことわり
人の悪口 噂もいや
我が子の報告 逐一もごかんべん
芸術づいた気障なのも やだし
受けうりの政談は ふるふるお助け!
日常の暮しからは すっぱり切れて
ふわり漂うはなし
生きてることのおもしろさ おかしさ
哀しさ くだらなさ ひょいと料理して
たべさせてくれる腕ききのコックはいませんか
私もうまくできないので憧れるのです
求む 清談の相手
女に限り 年齢を問わず 報酬なし
当方四十歳(とし やや サバをよんでいる)
2012年新春! 今、ここにある幸せを噛みしめながら新しい年を
迎えました。
そして、松の内も今日まで。朝の食卓には数年ぶりに作った七草粥
をのせ、お正月に区切りをつけました。
今年は、どんな目標をといろいろ思いめぐらせているうち、ふと
「清談」という言葉が唇にのぼりました。
確か、茨木のり子さんだと思い出して、書棚の隅に追いやられていた
「言の葉さやげ」(1975年出版)に収められているのを見つけました。
20年以上ぶりに開いたページです。
「清談について」は、当時ノートに書き写した記憶があります。
詩集ではなく、「言葉」に関しての考え方や評論をまとめた本で、
心にとまったところにイチョウの葉やしおりが挟んでありました。
昨今の状況に、政治や経済に関心を持たざるを得ないからこそ、
「清談」をする時間も持ちたいもの。
「求む 清談の相手」と、私も声を上げてみようかしら…。